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高松高等裁判所 昭和34年(ネ)118号 判決

控訴人 原告 柿原林材工業株式会社 代表者取締役 柿原繁

訴訟代理人 谷原公

被控訴人 被告 岩井利生

訴訟代理人 三木仙太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一九三、八九六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否は、被控訴代理人が「管轄違いの主張を撤回する。」旨陳述し、乙第六号証を提出し、当審における被控訴本人尋問(第一、二回)の結果を援用し、甲第三、第四号証の成立は不知、同第五号証の成立を認めると述べ、控訴代理人が甲第三乃至第五号証を提出し、当審における証人柿原繁、同池下巽、同柿原栄各尋問の結果を援用し、乙第六号証の成立を認めると述べた他は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、被控訴人主張の移送の申立に関する部分を除く。)

理由

当裁判所の見解は、左に附加する他は、原判決理由に記載と同一であるから、これをここに引用する。当審において新に取調べた証拠調べの結果によつても右引用にかかる認定事実を左右することはできない。

控訴人は、被控訴人が訴外近藤秀雄と直接交渉したのみで本件木材を買受けたことは、木材取引業界の常識に反した行為であり、被控訴人に過失があつた旨主張するが、木材取引は当事者本人間で直接に行われ、代理人或は事務代行者のような者を通じては行われないとか、或は、仮に右のような者を通じて行われる場合でもも、一応は本人に対し直接に口頭、電話等でその意思を確認する方法を採つた後でなければ取引されないというような事実上の慣行が木材取引業者間に存するとか、又、右のような方法以外には取引は行われないのが業界の常識であるというような事実は、これを認めるに足るべき証拠は充分でなく、かえつて、証人松崎武二、同黒木実弥、被控訴本人(原審及び当審第一、二回)の各供述によると、木材取引においても、直接本人間だけでなく、番頭と称する代理人或は事務代行者に類する者を通じて取引が行われることがあり得ることを窺うことができる。そうして、前認定のような被控訴人が本件木材を買受けた際における被控訴人と近藤との間の交渉の経緯、或は売買代金額、代金支払方法等に鑑みるときは、近藤を控訴人の代理人若しくは事務代行者であると信用して木材を買受けた被控訴人の行為については、控訴人主張のような被控訴人の故意又は過失(被控訴人が本件木材が盗品であることを認識していたとか、通常の注意義務を尽せば盗品であることを知り得た筈であるというような点)はなかつたものといわざるを得ない。

さて、本件においては、被控訴人が控訴人の使用人である近藤から控訴人所有の木材を買受けたが、この木材は近藤が盗み出したものだというのであり、更に被控訴人の供述(原審及び当審第一、二回)によれば、被控訴人は右買受けにかかる木材を自ら製材した上橋梁材、建築材等として他に売却してしまつたことが認められる。

そうすると、被控訴人が右売却(転売)によつて得た代金額は、元来処分権のない控訴人所有の木材を処分したことにより得た利得であるから、これは一応法律上の原因なくして得た利得というべきものである。ところで、このような場合、民法第七〇三条の不当利得とは被控訴人が得た転売代価全部(又は木材の客観的価格)をいい、これが取得のため近藤に支払つた代金(損失)を控除すべきでない(以下不控除説という)というべきか、或は原判決理由中に記載のように木材買入れと転売との間には経済上不可分の関連にあるものだから、転売による利得から買入れのための支払代価(損失)を控除した差額である(以下控除説という)というべきかは、説の分れるところであり、困難な問題である。

しかしながら、不当利得制度は、実質的に不当な財産的価値の移動を調整し、他の制度上の救済手段の欠陥を補つて具体的な正義公平の実現を目的とするものである点に鑑みれば、不当利得の成否及び返還義務の範囲を定めるに当つては、具体的な衡平を失わないようにしなければならない。このような見地に立つて本件を考えると、不控除説に従うときには、被控訴人は転売による利得全部を控訴人に返還しなければならなくなり、その結果被控訴人は近藤に支払つた代価分だけの損失を蒙ることになる。もつとも、この場合でも被控訴人は近藤に対し代金償還請求権を有するから、これの行使により右損失を補填できるとも考えられるが、これは抽象的に過ぎ本件のような場合(弁論の全趣旨から近藤は無資力と認められる。)には、右償還請求権の行使によつて損失を補填することは実際上不可能である。これに対し、控訴人は被控訴人から木材相当額の金銭の返還を受けられる結果、何らの損害も受けないこととなる。一方、控除説に従うときには、控訴人は被控訴人から返還を受けるべきものは実際上皆無或は極めて少額(本件においては被控訴人の転売価格を認めるに足る証拠はないが、前記被控訴人本人の供述によると、被控訴人が本件木材の買入転売によつて得た実質上の利得は極めて少額であつたと認められる。)となり、その結果は、近藤に対する不法行為に因る損害賠償請求権があるとはいえ、その実効を帰し難いことは前記被控訴人の場合と同様であるから、木材相当額の損失を蒙ることになり、反面被控訴人は損失を免れることになる。このように不控除説、控除説のいずれを採用するかにより、本件当事者の利害は正反対となることになるが、本件の場合においては、前認定のとおり、被控訴人が本件木材を取得する当時においては全く善意、無過失であり、一方近藤は控訴人の被用者であり、本件のような事態が生じた所以は、直接には近藤が木材を盗み出したことであり、間接には使用者たる控訴人の近藤に対する選任、監督上の不行届(過失)に基因したものということができる。そうすると、仮りに不控除説によるときには、全く善意無過失であり何ら責められるべきところのない被控訴人が損失を受けることとなり、その原因につき間接にでも過失のあつたものというべき控訴人が損失の補填を受けることとなり、不公平な結果となる。これに反し、控除説に従うときには、右のような実際上の矛盾、不公平はなくなり、不当利得制度の目的である具体的公平の理念に合致する結果となる。したがつて、本件の場合においては、控除説に従うのが相当である。只、控除説の立場に立つときは、民法第一九三条の規定により原物を返還する場合との権衡を失するように考えられるが、凡そ原物返還不能の場合においては総てその価額を返還すべきであるということはできず、現存利益の返還(例えば民法一九一条)ということもあり得るわけであり、又、民法一九三条はその意に反して占有を奪われた者を保護するための特殊な規定であり、もし取得者が盗品又は遺失物を同法一九四条のような条件の下に取得した場合には、回復者は代価を弁償しなければ物の占有を回復できないのであり(この場合は控除説と同一結果になる。本件における被控訴人の木材取得は、右一九四条の場合に近似している。)、これらの点を考え合わせると右一九三条の規定があるからといつて、前記の結論を左右することはできない。(なお、原判決が引用している大審院判例(昭和一二年七月三日判決)は取得者に過失が認められる場合であるから、本件とは若干事案を異にし、必ずしも適切とはいえない。

以上説示したとおり、当裁判所も本件においては、被控訴人が転売によつて得た代金額から、近藤に支払つた代金額を控除した分が不当利得を構成するものと考える。その他の点は、冒頭記載のとおり、原判決理由に記載と同様である。

よつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担については、民事訴訟法第八九条第九五条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺進 裁判官 水上東作 裁判官 石井玄)

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